奇岩城の謎

■目次
 第1章 西井探偵事務所
 第2章 怪人アゴラ
 第3章 妙な事件
 第4章 悲しい雨
 第5章 奇岩城
 第6章 怪人アゴラと奇岩城
 第7章 怪人アゴラの正体
 第8章 最後の戦い


■第1章 西井探偵事務所

 埼玉県秩父市、ここは現在ではなかなか有名な観光地である。四方を山に囲まれたこの街は、西武秩父駅を中心として広がっている。この秩父市の中心部から西へ少し行くと、旅館街があり、シ−ズン中は結構にぎわう。また、最近では秩父鉄道でSLが運転され始め、夏になると観光客以外に鉄道ファンも訪れ、この季節、秩父市は大変活気ずくのである。
 秩父市の旅館街をさらに西へむかうと、二階建の古くさい建物があった。その建物の表札にはこう書いてあった。
 『西井研究所・探偵事務所』
この『西井研究所・探偵事務所』には、西井隆一郎という一人の研究家がいた。彼は科学を研究しており、また探偵でもある。彼はなぜ探偵をやっているのであろうか。それには深いわけがある。
 彼の事務所(研究所)のある秩父市S町では、近頃新聞をにぎわしている奇妙な事件が続いている。また、その奇妙な事件の犯人であろう人物が近頃S町の人々の話題になっている。その犯人であろう人物は怪人アゴラといい、どこの誰で、どのような人間かはわからず、謎に包まれている。その謎の男怪人アゴラは人間としては信じられないような手口で人を殺している。また、人を殺すとすぐに姿を消してしまい、警察でも捜査の使用がない。そこで警察では少なくとも関東地区では一番の推理能力をもっているであろう西井隆一郎に探偵を頼むことにした。しかし彼は反対した。なぜなら彼は、あくまでも自分は研究家であり、探偵をする必要はない。と考えたからである。しかし、ある晴れた日の夜に彼にとってはとても残酷で悲しい事件が起きたのである。
 彼には京子という一人の妹がいた。妹とは一緒に暮らしていた。この日彼の妹京子は彼に行き先を言って出かけた。彼女が行った所は、彼女が買い物をするために毎日行くコンビニエンスストア−であった。この日もいつもと同じ時間に近くのコンビニエンスストア−に行った。しかし、いつもだと二十分くらいで帰ってくるのだが、この日は四十分経っても帰ってこなかった。かれは近所の人と話をしているのだろうと思ってあまり気にしていなかった。しかし彼女は一時間半経っても帰ってこなかった。彼は心配になり、彼女を捜しに行った。彼が彼女を見つけたのは、彼が捜しまわってから三十分が過ぎたときだった。彼はコンビニエンスストア−の近くの雑木林の中に一人の人間が横たわっているのをみつけた。彼はそれを見てゾッとした。そして彼はなにがなんだかわからなくなった。彼の目の前に横たわっていたのは、まぎれもなく彼の妹であった。彼女の死体にはところどころに深い切り刻んだと思われる切り傷があった。彼は目の前が真っ暗になった。彼の妹は何者かによって殺されたのである。フッと彼が気がつくと、周りには近所の人や警官がたくさんいた。彼はあまりのショックに気絶してしまったのである。彼がなにげなしに下を見ると、一枚の紙切れが落ちていた。その紙切れには、『西井京子、死す』と書いてあった。さらに下隅に『怪人アゴラ』と書いてあった。彼はそれを見て激しい怒りをおぼえたのである。 この事件で彼は探偵になるのを決意し、自分の大切な妹を殺した犯人を捕らえることを彼は妹に約束した。これが西井探偵の始まりである。それ以来、研究所も探偵所と兼用になり、妹を殺した犯人である怪人アゴラを捜し続けている。また、今では怪人アゴラ以外の依頼も多い。

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■第2章 怪人アゴラ

 秩父市S町にとって一年で一番にぎやかな夏が終わり、秋へさしかかった九月二十一日のことだった。一人の若い女性が西井探偵事務所にやってきた。彼女は野崎和歌子という。彼女は西井探偵に会うと、おじぎをし、西井探偵が椅子に座ると、彼女は話を始めた。
「西井隆一郎先生でいらっしゃいますね。」
「ええ、そうです。」
「私の話を聞いていただけますか。」
「ええ、いいですよ。」
「実は、私にはたった一人の弟がいました。その弟は宗吉といいました。両親は私 が高校を卒業したとき、たまたま二人の乗っていた車がトラックとぶつかり、死 にました。私はそのときからずっと弟と助け合いながら生きてきました。私は弟 のために働きました。弟も私のために一生懸命になってくれました。そして弟が 卒業したとき、私にこう言ってくれました。『俺、これから働くよ。だって、姉ちゃんにばかり苦労かけられないしさ。それに、姉ちゃんには花嫁修行をしても らいたいしさ。』私は思わず涙を流してしまいました。弟の言葉に感動しました。 それからというもの、弟は本当によく働いてくれました。特に、兄がいなくなっ てからは。でも、その弟はもういません。弟は一週間前に行方不明になり、昨日 見つかりました。でも、その弟は生きてはいませんでした。本当によい弟でした。」
彼女は涙を手でぬぐった。
「そうですか、それはお気の毒に。」
彼女は涙をぬぐうと、話し続けた。
「私は弟が仕事についていけなくなって自殺したのだと思いました。でも、それは 違いました。弟は殺されたのです。昨日の夕方、弟の惨めな姿を見た後、家に帰 ったら、このような手紙がポストに入っていました。」
そう言うと彼女はポケットから一枚の手紙を出した。そしてそれを西井探偵に渡した。
「読んでもよろしいですか。」
「はい。」
西井探偵はその手紙を読んだ。
「あ!」
西井探偵は思わず声を出してしまった。その手紙にはこう書いてあった。
『あなたの弟さんは今日見つかりましたね。午後二時頃西峠川の中州で。それもあなたにとって、とても悲しい姿で。』
「な、なんということだ。」
西井探偵はそう言うと、手紙を机の上に置いた。
「きっと、この手紙を書いた人が弟を・・・。」
そう言うと彼女は手で涙をぬぐった。
「しかし、なぜこのような手紙をわざわざ書いたのだろうか。」
西井探偵はつぶやいた。
「西井先生、お願いです。なんとか犯人を捜しだして下さい。そうでないと弟が、弟がかわいそうです。」
「わかりました。あなたの弟さんのためにも必ず犯人を捜しだしてみせます。」
その日は、手紙を見せた後、彼女は帰った。
それから数日たったある日のこと、秩父市郊外の山の中で、一人の男の死体がみつかった。その男の死体は死後まだあまり経っていないもので、生々しい血がついていた。その死体はところどころに深い切り傷が残っていた。おそらく犯人はナイフで切り刻んで殺したのだろう。かなりの箇所を切られていた。警察が現場検証を始めたとき、西井探偵は到着した。西井探偵はその死体を見るなり、『な、なんと』と思わず声を出してしまった。その男の殺され方は西井探偵の妹、京子のときと同じであった。彼は『なんてひどいことを。』とつぶやいた。そして彼は腹の底から怒りがこみあげてきた。
「西井さ−ん。」
彼が死体を見ていると、一人の警官が西井探偵のところにやってきた。
「どうしました。そんなに慌てて。」
その警官は西井探偵の所に来ると、一枚の紙切れを西井探偵に渡した。西井探偵はその
紙切れを読み、ギョッとした。その紙切れには次のようなことが書いてあった。

--------------------
 西井君、お元気ですか。
 この死体を見てお気づきだろうと思うが、この殺し方は君の妹、京子と同じやり方なのだよ。
 くやしいか。私は人がくやし がるのを見るのが好きだ。また、どこか で君はきっとこのような事
 件に出くわすだろう。しかもこの一週間以内に、君の知っている人で・・・・・。
 怪人アゴラ
--------------------

この紙切れは西井探偵に対するものだった。そして、左下には『怪人アゴラ』と書かれていた。怪人アゴラとは一体何者なのだろうか。

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■第3章 妙な事件

 西井探偵が我にかえったのはのは、近くにいた警官に声をかけられたときだった。
「西井さん、どうしたのですか。人形みたいにボ−と立ったままで。」
すると突然、西井探偵がその警官に訊いた。
「君はこの手紙を読みましたか。」
「いいえ。」
「そうですか。」
「何か重要なことでも書いてあるのですか。」
「ええ、犯人の名が。」
「え、犯人の名が。」
「ええ、しかし、本名ではなく、芸名といいましょうか、ペンネ−ムといいましょうか、とにかく、別名で書かれています。まあ、読んでごらんなさい。」
そう言って西井探偵は、その紙切れをその警官に渡した。警官は西井探偵からそ の紙切れを受け取り、その紙切れを読んだ。
「あ!」
警官は思わず声を出した。そして西井探偵にこう言った。
「西井さん、こ、これは。」
「そうです。この手紙は犯人から私へ対する予告状です。」
「西井さん、怪人アゴラとは?」
「さあ、どこの誰なのか、全くわからないのです。」
「ところで西井さん、このアゴラとかいう犯人は、この一週間以内にもう一人殺す といっています。それもあなたの知っている人だと。」
「ええ、ですから、それを防ぐための対策が必要なのですが。」
「それならば西井さん、あなたの知人を完全にガ−ドしたらどうですか。」
「そうですね、それがいいですね。」
西井探偵は警察に頼んで、自分の知人をガ−ドしてもらうことにした。そしてその日は別れた。それから二日経ったある日、西井探偵事務所へ一人の男が訪ねてきた。
「西井探偵でいらっしゃいますね。」
「ええ、そうです。」
「私の話を聞いていただけますか。」
「ええ、いいですよ。」
「私はこういう者です。」
そう言うと、男は名刺を出して、西井探偵に渡した。名刺にはこう書いてあった。
『沖田事務所長・沖田真一』
西井探偵はそれを見てこう言った。
「沖田さんというと、あの探偵の沖田さんですか。」
「はい、そうです。」
「そうですか、あなたはあの沖田探偵ですか。」
沖田探偵は西井探偵の古い友達であった。
「いやあ懐かしい、久しぶりです。西井君。」
そう言って、沖田探偵は西井探偵と握手をした。そして二人は椅子に腰掛けた。
「それで、君のような探偵が私に何のようですか。」
「実は、昨日私の周りで思わぬ出来事が起きたのですよ。」
「思わぬ出来事。」
「ええ。」
「それはどのような。」
「ええ、実は、この私でさえ予期できないような事件なのです。」
そういうと沖田探偵は一呼吸おいた。そして話を続けた。
「昨日、事件が起こる前に、私の事務所に一人の女性がきていました。この女性は 河野道子といいました。」
「彼女がどうかしたのですか。」
西井探偵は先を聞きたがった。
「その女性、河野さんが、私に一枚の手紙を見せにきたのです。その手紙は予告状 でした。私はその手紙を読んだとき、驚きました。そして、この手紙のことを詳 しく彼女に訊こうとしたのです。」
「まさか、そのとき彼女は。」
「そうです。私が手紙から目をはなし、彼女を見たとき、彼女は死んでいました。」
「なんと、あなたのいる前で。」
「はい、私が手紙を読んでいる間に。」
「手紙を読んでいたのはどのくらいの間ですか。」
「確か二、三分だったと思うが。あんがい長い内容だったので、以外に時間がかか りました。」
「犯人の名はわかりますか。」
「確か、アゴラとか。」
「アゴラ!」
「ん、西井君はアゴラのことを知っているのか。」
「ええ、実は私のたった一人の妹を殺したのが、そのアゴラという怪人だったんだ。」
「なるほど。」
「ところで沖田君、今、その手紙を持っていますか。」
「あ、ええ、持っています。」
「もしよかったら、その手紙を見せてくれないか。」
「いいですよ。」
沖田探偵は手紙を出し、西井探偵に渡した。手紙の内容は次のようだった。

--------------------
河野道子さんへ、
暑い夏も終わり、いよいよ過ごしやすい秋となりました。秩父の山々も秋らしさが少しづつ出始めています。
あなたはいかがお過ごしですか。きっと毎日秋を見ながら楽しい日々をお過ごしのことでしょう。なにせつい
この間、結婚したの ですから。
ところで、あなたは本当に毎日幸せですか。結婚した後のあなたは以前と違い、だいぶ立派になりましたね。

<中略>

ところであなたは、大見湖は好きですか。あそこはなかなか良いところですよね。特に秋は。もし良かったら、
その湖の底で泳ぎませんか。もちろんあなたの夫と二人で。一生極楽だと思いますよ。その極楽へは私が
案内しますよ。この一週間のうちに、あなたとあなたのご主人を呼びにきます。そしてそのすばらしい大見湖
の底にある極楽へ案内します。首を長くして待っていて下さい。
それでは、呼びに来る までの残りの日々をお過ごし下さい。

怪人アゴラ
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手紙は丁寧な言葉ではあるが、とても恐ろしいことが書いてあった。この手紙を読んだ後、西井探偵は沖田探偵にこう尋ねた。
「この女性、河野さんのご主人は、このとき既に殺されていたのですか。」
「ええ。この道子さんのご主人は、彼女が殺される二日前に、車に乗っていたとこ ろ、後ろから大型ダンプにぶつけられ、そのはずみで崖から落ち、死亡していま す。おそらくそれもこのアゴラのしわざでしょう。」
「なるほど。」
沖田探偵は西井探偵の横に置いてある手紙に気づいた。
「西井君、その手紙は。」
「ん、これか。」
「うん。」
「これは今日、山中で殺された男の死体の横に落ちていた物なんだ。」
「山中の男の死体。」
「ああ、やはりその男もアゴラに殺されていた。しかも私の妹と同じ手口で。」
「君の妹と。」
「うん。体全体に深い切り傷がいくつもあった。切り刻んだ跡がだ。」
西井探偵のその言葉には力がこもっていた。
「西井君。実は私も君と同じなのだよ。」
「え?」
「実は、私にもたった一人の弟がいた。鉄男という。」
「鉄男君か。」
「君も知っているよね。」
「うん。何回か会ったことがある。まさか、鉄男君が。」
「そうなんだ。おととい、久しぶりに我家に帰ったら、弟がバラバラになって死ん でいた。その近くにアゴラと書いてあった手紙が置いてあった。」
「なんと、君の弟もアゴラに。」
「ああ、そうだ。それ以来私は怪人アゴラを捜している。」
「そうか、君の弟もアゴラに。」
「西井君、ここはひとつ、私と組んでみないか。それをいいたくて今日、ここに来 たんだ。」
「沖田君、それはいい案だ。」
二人の探偵は、こうして組んでアゴラを捜すことになった。

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■第4章 悲しい雨


 この日は朝から秩父市には雨が降っていた。そんな中、西井探偵事務所に一人の女性がやってきた。その女性は以前にもここへ来た野崎和歌子であった。
「どうしました、こんなに早く。」
「私、どうしても先生に見てもらいたいものがありまして。」
「なんでしょう。」
「実は今朝、郵便おけから手紙を取ってきたら、このようなものが。」
そういうと、野崎和歌子は一枚の手紙を出した。
「読んでもよろしいですか。」
「ええ。」
西井探偵は手紙を開き、読み始めた。

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こんにちは、野崎さん。
お元気ですか。もう弟さんをなくしたショックはやわらぎましたか。まだ寂しいのではありませんか。
ところであなたは、弟さんの所へは行きたいと思いませんか。もしよければ今夜十二時につれて
いってあげましょう。死後の世界へ。今夜十二時、お楽しみに。
怪人アゴラ
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それはまぎれもなく、怪人アゴラの予告状だった。
「これは、怪人アゴラの予告状。」
「西井先生、私、それを読んでから、とても怖くなって、いてもたってもいられなくなって、ここに来たのです。一番最初に西井先生に見てもらいたくて。」
「そうですか。」
「西井先生、私、どうしたらよいのでしょう。」
彼女は顔が青ざめていた。
「大丈夫です、今日一日じゅう、私達はあなたを守ります。」
「お願いします。」
「ただし、あなたはこれから、絶対に外へ出てはいけません。」
「はい。」
話が終わると、西井探偵は警官を呼び、野崎和歌子を迎えにこさせた。
「野崎さん、私もすぐにそちらへうかがいます。大丈夫です。あなたの周りには大勢の警官をつけ、守らせます。ただし、絶対に外へは出ないでください。いいですね。」
「はい。」
そう言うと、西井探偵は野崎和歌子と別れた。そして、西井探偵はこの手紙を沖田探偵に見せた。
「なるほど、すると今夜十二時か。」
「そうなんだ。そこで、君にも協力してほしい。」
「なんだい。」
「野崎君の所へは私が行く、君には怪人アゴラの人を殺す手口などを調べてほしい。もちろん、アゴラがどのような所から進入するかということも。そして、なにかわかったら私に電話で教えてくれないか。」
「わかった。その役、引き受けよう。」
「ありがとう。」
西井探偵は沖田探偵と別れると、自分の事務所へ向かった。そして、アゴラについて調べ始めた。調べものが終わると、急いで野崎和歌子の所へ向かった。野崎和歌子の家には、多くの警官が警備をしていた。西井探偵は野崎和歌子の家に着くと、大広間に通された。そこには、野崎和歌子はもちろん、その他に豊田警部、そして幾人かの警官の姿があった。西井探偵は、豊田警部にあいさつを交わすと、椅子に座った。
「西井君、予定よりも遅かったが、何か調べものでもしていたのですか。」
西井探偵が座ると、豊田警部が訊いてきた。
「ええ、今までの事件と怪人アゴラについて調べていたもので。」
「そうですか、それで何かわかりましたか。」
「いいえ、ただ、アゴラはどこからでも忍び込んでこられるということだけ。」
「どこからでも?」
「ええ、ですから、私達の考えられない所からでも忍び込めるのです。」
「ならば、もっと警備を厳重にしたほうがよいのでは?」
「そうですね。」
「しかし、どこを警備したらよいのか。」
「そうですね。屋根なんかどうですか。」
「え、屋根?」
「ええ、あそこにはだれも警備がいませんから。」
「なるほど、しかし危険では?」
「大丈夫です。この家の屋根はなかなか平になっていますから。」
「そうですか。」
「ええ、私も先程、この家の屋根に登ってみましたが、なかなか安定感があり、しっかりしています。それに、傾斜もあまり急ではなく、緩やかな傾斜ですのでね。」
「そうですか。」
豊田警部はすぐに屋根を警備させた。
一方沖田探偵は、西井探偵に言われて、別の方から犯人を調べた。しかし、何一つ手掛りはつかめなかった。沖田探偵はひとまず家に帰り、休むことにした。沖田探偵は事務所を出て、家に向かった。沖田探偵は家に着くなり、何かを思い出したのか、すぐに電話の所へ行き、誰かに電話をした。そして、用が済むと、本棚からなにやら厚い本を取り出して、読み始めた。おそらく、彼の好きな科学の本であろう。
野崎和歌子の周りには、西井探偵をはじめ、たくさんの警官が警備をしていた。そして、夜の十一時が過ぎた。豊田警部をはじめ、その周りにいる警官は、一段と目を光らせた。そんな中、西井探偵は、なぜかそわそわしていた。
「どうしました?」
豊田警部が尋ねた。
「いえ、沖田君が私に電話をよこすはずなのだが、かかってこないのです。」
「忘れているのではないですか。」
「そうでしょうかね。」
そのとき、電話のベルが鳴った。西井探偵は急いで電話の所までいき、電話にでた。相手は沖田探偵であった。
「やあ西井君、遅くなってすまん。いろいろ調べていたのでね。」
「それで何かわかりましたか?」
「いやぁそれが、いろいろと調べてはみたんだが。」
「そうですか。」
「アゴラはいろいろな方法を使うので、どうも先がよめず、どう対策を練ったらよいのか。ただ一つだけいえることは、どんな手段をつかっても、アゴラは必ず予告した時間に来るということだ。」
「そうか、わかった。ありがとう。」
「うん、それじゃ、がんばってくれたまえ、私はもう少し調べてみる。」
西井探偵は電話が終わると、野崎和歌子のいる部屋へ戻ってきた。
「西井さん、私本当に助かるのでしょうか。」
野崎和歌子が不安そうに尋ねてきた。
「大丈夫です。私がいるかぎり、絶対に助かります。」
そういって西井探偵は彼女の顔を見て、やさしく微笑んだ。
時間は進み、怪人アゴラの予告した時間がしだいに迫ってきた。野崎和歌子の顔には、自分が死を目前にしている不安がはっきりと映っていた。一方豊田警部は、野崎和歌子のそばにじっとしていた。
時間は経ち、十二時まであと五分と迫った。西井探偵は野崎和歌子の手をつかんだ。そしていつアゴラが現われてもいいように、準備をした。十二時まであと三分となったとき、西井探偵は一人の警官に、沖田探偵に電話するように頼んだ。警官はすぐに戻ってきて、西井探偵に言った。
「西井さん、沖田さんは出かけているみたいです。」
「なに、そうか。」
そう言うと、会話はとだえ、再び部屋の中は静かになった。そして十二時まであと二分となった。はたしてアゴラは来るのであろうか。外は雨が強く降っていた。
西井探偵にも、豊田警部にも、残り二分はとても長く感じた。しかし、野崎和歌子にしてみれば、それはとても短く感じたことだろう。西井探偵はこの間ずっと野崎和歌子のそばにいた。そして、十二時まであと一分と迫ったとき、突然西井探偵は、
「しっかりと警備を!」
とどなった。一方、野崎和歌子は不安のあまり、気絶してしまった。そして、いよいよ十二時のベルが鳴った。と同時に、部屋の照明が消えた。部屋はなにも見えなくなった。
「だれか、早く照明を!」
豊田警部がどなった。西井探偵は暗闇の中ずっと野崎和歌子の手をつかんでいた。そのとき、西井探偵の横をシュッという音が横切った。西井探偵はハッとした。しかし、西井探偵の手には、確かに野崎和歌子の手がある。西井探偵はそれを確認すると、照明が付くのを待った。照明は一分少々で付いた。西井探偵は野崎和歌子のほうを見た。
「あ!」
西井探偵は思わず口に出した。
「どうしました?」
豊田警部が近寄ってきた。
「こ、これは。」
西井探偵がつかんでいたのは、野崎和歌子ではなく、この家の女中であった。野崎和歌子は怪人アゴラにさらわれたのである。
「なんということだ。あの一分の間に。」
西井探偵は遂に、野崎和歌子を助けることができなかったのである。西井探偵は悔んだ。
「西井探偵、野崎和歌子は?」
と豊田警部が訊いた。
「私の不注意でした。しかし、きっと生きて見つけてみせます。」
と西井探偵はいい、部屋を出た。そのとき、一人の警官が西井探偵を呼び止め、ある物を渡した。
「こ、これは!」
西井探偵はそういうと、渡された物を持って、家から出て行った。外は盛んに雨が降っていた。
さて、それではなぜ、一分以内にそれも西井探偵が気づかないようにアゴラは野崎和歌子をさらえたのでしょうか。それは、アゴラはまず西井探偵を一瞬、放心状態にし、その間にすばやく野崎和歌子と女中を入れ替えたのです。なんという怪人なのでしょう。 はたして、野崎和歌子は生きているのでしょうか。それにしてもアゴラはどうして野崎家を襲うのでしょうか。

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■第5章 奇岩城

 野崎和歌子をさらった怪人アゴラは、近くに止めてあった車に乗った。車には既にアゴラの部下と思われる者が一人乗っていた。
「おかしら、どちらへ向かいます?」
「奇岩城だ。」
「へい。」
部下は車を走らせ、奇岩城へ向かった。
「おかしら、なぜ野崎和歌子を殺さないのですか。確かおかしらは野崎家全員を殺すのが目的では。」
「それは違う、確かに私は野崎家に恨みがある。そのため、野崎和歌子以外は全て殺してきた。しかし、私の最大のダ−ゲットは野崎ではなく、西井隆一郎だ。そのため、私は奴の妹を殺した。そうすれば奴は、必ず私を追ってくると考えたからだ。そして奴は、私を追ってきた。そして、野崎和歌子は奴をおびき寄せるためのおとりだ。」
「なるほど、それでこいつを生かしておくのですね。」
なんということでしょう。怪人アゴラのタ−ゲットは野崎家ではなく、西井探偵だったのです。
アゴラの乗った車は、秩父の山中を二十分程走り止った。
「おかしら、着きました。」
「うむ。野崎を降ろし、例の場所へ。」
「へい。」
車が止った前には、石でできた大きな建物があった。形は西洋のお城のようで、入口には大きな顔が掘られていて、なんとも不気味な感じである。アゴラは野崎和歌子を肩にしょい、奇岩城の中へ入っていった。中は薄暗く、石でできた廊下が奇岩城の奥へと続いている。その廊下に沿って、幾つもの部屋があった。アゴラは野崎和歌子を一番手前の部屋に運んだ。そこは真っ暗で、どうやら物置部屋のようである。アゴラは彼女をその部屋に閉じ込めると、一番奥にある部屋へ入っていった。そして、その部屋でこれからの計画を部下と一緒に立てるのであった。

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■第6章 怪人アゴラと奇岩城

 野崎和歌子がさらわれてから一日が過ぎた。西井探偵は自分の敵であるアゴラ、そして野崎和歌子を捜すために、必死だった。この日、西井探偵宛に次のような手紙が送られてきた。

やあ、西井君、その後は元気かね。
実は、野崎和歌子はこの私があずかっている。心配はいらない。彼女は生きている。しかし、私は5日後に彼女を殺す。そして次は君だ。それまでせいぜいがんばって捜したまえ。
怪人アゴラ

「野崎和歌子は生きている!」
西井探偵はそう言うとすぐに、沖田探偵に知らせた。そして、豊田警部にも知らせた。
時は夕方の六時、西井探偵は豊田警部と話をしていた。
「西井探偵、アゴラはあなたを狙っているようですが。」
「そうですね。そのために私の妹を殺し、さらに野崎和歌子をおとりとして捕まえたのでしょう。」
「それならば、あなたが一人でここにいては危険です。」
「大丈夫です。こう見えても私は探偵です。それよりも、早く野崎和歌子の居場所をつきとめ、無事に救出することが先だと思います。怪人アゴラは私を最大のタ−ゲットにしていますが、野崎家もタ−ゲットにしています。」
「そうですね。」
「ここは、沖田君にも頼みましょう。」
それから野崎和歌子の捜索が始まった。
野崎和歌子がさらわれてから二日がたった日のこと、秩父市の中心部にある喫茶店で一人の男が殺された。この知らせを聞いた西井探偵は、すぐにその喫茶店に向かった。殺しがあった喫茶店に着くと、そこには沖田探偵がいた。
「おお、西井君。」
「これは沖田君、早いじゃないか。」
「いや、たまたま近くにいたので。」
「近くに?」
「うん、ほらこの近くにある秩父市立秩父宮図書館に。」
「なるほど、そこでアゴラのことを調べていたのですか。」
「うん、だがやっぱりなにもわからなかった。」
「そうですか。」
「ところで沖田君、この殺しは。」
「どうやら、怪人アゴラの仕業のようだ。それから、この死体の男はどうやら野崎和歌子の兄の太一のようだ。」
「なんだって!」
「おそらく怪人アゴラは野崎家を狙っているのだろう。そうすると、野崎和歌子が危ない。早く捜さなければ。」
沖田探偵はそう言って、外へ出ようとした。そのとき、西井探偵が呼び止めた。
「沖田君。」
沖田探偵はハッとした。そして西井探偵のほうを向いた。西井探偵はそれを見ると話し始めた。
「実は怪人アゴラの最大のタ−ゲットはこの私なのだよ。」
「なんだって!」
「昨日、このような手紙が送られてきた。」
そういうと、沖田探偵に手紙を見せた。
「なんと、これは!」
沖田探偵は驚いた。
「沖田君、私にとって怪人アゴラは一番の敵である。私はそのアゴラの正体を調べたいと思う。そこで君に頼みがある。君は野崎和歌子を捜してくれないか。もちろん、私も捜すが、秩父市を一人で捜すのは無理なのでね。」
「わかった。私も怪人アゴラには興味がある。野崎和歌子を捜そう。」
「ありがとう。それから、私はここ二日間ここにはいなくなるので、この辺で起きた事件を頼みたいのだが。」
沖田探偵は少しの間何も言わなかったが、しばらくしてこう言った。
「わかった。君の頼み、引き受けよう。」
「ありがとう。」
そういうと、西井探偵は外へ出ていった。沖田探偵は多くの警官をつれて、野崎和歌子の捜索を始めた。
西井探偵は事務所に帰ると、横になった。そしてひと眠りした。時が過ぎた。どのくらい眠っただろうか。西井探偵が目を覚ましたとき、外は薄暗かった。そのとき、西井探偵はなぜか自分の机の隣にある妹の机に目がいった。
「まてよ、あのとき。」
西井探偵は妹、京子が使っていた机の引き出しを開けた。
「こ、これは!」
そこには手紙がたくさん入っていた。西井探偵は一つ一つそれを読んだ。そのうちの一つに、こう書いてある手紙があった。

やあ、京子君、元気そうだね。君は今、この私に狙われている。もし殺されたくなければ、
君の兄、隆一郎を奇岩城まで連れてきたまえ。奇岩城の場所は知っているはずだね。もし連
れて来なければ、そのときは君の命はない。 では。
怪人アゴラ

「奇岩城?」
西井探偵は他の手紙の中から、奇岩城について書いてあるものをさがした。
「ん、こ、これか!」
西井探偵はその手紙を持つと、すばやく外へ出ていった。一方、沖田探偵はひとまず警官と別れ、一人家へ戻った。

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■第7章 怪人アゴラの正体

 西井探偵は車をとばし、沖田探偵の家に向かった。西井探偵が沖田探偵の家に着いたとき、沖田探偵はいなかった。
「おかしいな、もういてもいいはずだが。」
西井探偵はしかたなく、沖田探偵の家に入り、沖田探偵を待つことにした。西井探偵がふと沖田探偵の机の上を見た。
「あ、これは!」
西井探偵は机の上に一枚の紙切れを見つけた。その紙切れは科学の実験でよく使われるものだった。それにはなにか書いてあった。
「まさか、これは。」
西井探偵はポケットから一枚の手紙を出し、机の上にある紙と照らし合わせてみた。その手紙と机の上の紙は同じ素材の紙であり、また書いてある文字も同じ質の文字であった。その紙の横には腕時計が置いてあった。西井探偵はその腕時計を調べた。するとその腕時計の裏にはS・Oというイニシャルが掘られていた。 「そうか、わかったぞ。」
そう言うと、西井探偵はすばやく外へ出ていき、車に乗った。そして、目的地へ向けて、車をとばした。
翌朝、西井探偵は奇岩城をつきとめた。そして、警察へ連絡すると、奇岩城に進入した。西井探偵は入ってすぐ右にある部屋の戸を開けた。中は真っ暗だった。
「ん。き、君は。」
その部屋には野崎和歌子が監禁されていた。
「野崎君、しっかりしたまえ。」
野崎和歌子はその言葉に気がついた。
「西井さん。」
「大丈夫か。」
野崎和歌子はまだ殺されてはいなかった。
奇岩城の中はまだ早朝ということで、静かだった。西井探偵は敵がいないことを確認すると、野崎和歌子を連れ出し、自分の車に乗せた。そのとき、数人の警官がかけつけたので、西井探偵は野崎和歌子のことを警官にまかせた。
「野崎さん、もう大丈夫です。あとは私達にまかせて下さい。」
そういうと西井探偵は野崎和歌子の肩をポンと軽くたたいた。そして、野崎和歌子に訊いた。
「野崎さん、あなたは怪人アゴラの正体を知っていますか?」
「はい。」
「教えてくれませんか?」
野崎和歌子は西井探偵に怪人アゴラの正体を言った。
「やはりそうですか。いや、どうもありがとう。」
西井探偵はそう言うと、野崎和歌子にやさしく微笑みかけた。そのとき、豊田警部をはじめ、多くの警官が到着した。
「豊田警部、怪人アゴラの正体がわかりました。これから奴を捜します。きっとここにいるはずだ。私は必ず奴を捕まえてみせる。」
西井探偵の言葉には、激しい怒りが表れていた。

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■第8章 最後の戦い

 西井探偵は数人の警官と奇岩城に忍び込んだ。中は薄暗い廊下がまっすぐに続いていた。彼らはその廊下の横にある部屋を一つ一つ捜した。しかし、アゴラはいなかった。西井探偵は、廊下の先にある一つの部屋を見た。そして、近くの警官に話した。
「残るはあの部屋だけだ。おそらくあの部屋にいるだろう。」
そう言って西井探偵はその部屋へ向かって歩きだした。そして、その部屋の前に立ち、その部屋の戸を開けた。そこには沖田探偵がいた。
「沖田君。」
その声に沖田探偵はハッとして、振り向いた。
「おお、これは西井君、どうしたんだ。」
沖田探偵は驚いた様子で言った。
「君こそここで何をしているのだ。」
西井探偵は言い返した。
「いや、怪人アゴラのすみかを見つけたので調べていたんだ。」
西井探偵は返すように言った。
「実は私もそうなのだよ。妹、京子の手紙を読んでいたら、ここのことが書いてあったのでね。それから、私はいろいろと調べた。そして、怪人アゴラの正体がわかったのだよ。」
それを聞いた沖田探偵はギョッとした。そのとき、何人かの警官が西井探偵の所に来た。
「どうしたんだ。みんなそろって。」
沖田探偵は言った。
「沖田君。私は君に話を聞いてもらいたくて、ずっと捜していた。しかし、ここにいたのでちょうどよい。私の話を聞いてくれないか。」
「え、話。い、いいとも。」
そういうと二人はそこに置いてある椅子に座った。
「実は、私はここ二日間、アゴラについていろいろと調べてみたんだ。そうしたら 怪人アゴラの正体がわかったのだ。」
西井探偵は沖田探偵を見た。
「怪人アゴラの正体?」
沖田探偵は西井探偵を見てそう言った。
「うん、そうさ、正体さ。そしてそのアゴラは今、この部屋のどこかにいる。」
「この部屋のどこかに?」
「うん。」
「この部屋には私と西井君、それに警官がいるだけではないか。なのにどうしてこ こにいるのだ。」
「フフフフ、つまりアゴラはこの中の誰かに変装して、ここにいるのさ。」
「変装をして?」
沖田探偵は不思議そうに西井探偵の顔を見た。
「うん、そして奴は、さも別人のように振る舞っている。しかも相当変装がうまいとみえ、一見みたところでは全くわからない。」
「誰なんだ、西井君、奴はこの中の誰なんだ。」
沖田探偵は激しく西井探偵に訊いた。
「まあ落ち着きたまえ、沖田君、そんなに慌てなくても怪人アゴラは逃げたりはしないよ。」
「しかし奴は逃げるのが得意だ。もしかしたらもう外へ逃げているかもしれない。うかうかしていたら取り逃がしてしまう。はやく外を捜したほうが。」
沖田探偵の顔にはあせりの表情が現われていた。
「フフフフ、心配することはない。アゴラはさっきからずっとこの部屋にいるよ。」
「いったい誰なんだ。もったいぶらずに言いたまえ、西井君。」
沖田探偵は西井探偵をせかした。
「まあ、落ち着きたまえ、沖田君。怪人アゴラはさっきから私の前にいるではないか。」
そう言うと西井探偵はニヤリと笑った。
「君の前に。ハハハハ、何を言っているんだ。君の前には私しかいないではないか。どこにアゴラがいるというのかね。」
「そうさ、私の前には沖田君、君しかいない。」
「それならばどうしてアゴラが西井君、君の前にいるというのかね。君の前にいるこの私がアゴラだというのかね。何を考えているんだ。変な冗談はやめてくれ。君は気でも狂ったのではないのか。」
沖田探偵は西井探偵にどなった。
「フフフフ、冗談なんかじゃないさ。つまり怪人アゴラは沖田君、君なのだよ。」
そう言って西井探偵は沖田探偵を指で指した。
「な、何を言うか。しょ、証拠があるのか。バカもほどほどにしろ!」
沖田探偵はどなった。
「まあいい、それでは私の推理を聞いてもらいましょう。沖田君、君は以前、私と科学学者として張り合っていたよね。しかし君は私に負けた。そのとき、君はくやしさからこう考えた。私を殺せば自分が有名になれると。しかし、簡単には殺せない。そこでまず、私の妹を使った。そして、私をおびき出すためにいろいろな手紙を妹に送った。そして妹を脅迫した。しかし私の妹はそれに応じなかった。そこで君は私の妹を殺した。また君は、野崎家の復讐も企んでいた。そこで野崎家も利用し、野崎家を殺し、私をおびきよせた。そして死体のそばには『怪人アゴラ』と書いた紙をわざと落としておいた。これを見れば私が必ず出てくると思ったからだ。そして、私を君のそばに近づけようとした。フフフフ、さすがにうまい手だよ。しかし、私は近づかなかった。そこで君は、自ら探偵を名のって私に近づいてきたわけだ。そして、私にすきがあれば殺そうと考えたわけだ。そうだね、怪人アゴラ君。」
「・・・・・」
「私も危うくだまされるところだったよ。」
西井探偵は話し終わると、沖田探偵をにらんだ。
「しょ、証拠、証拠がないじゃないか。」
「証拠ならある。」
そう言うと西井探偵は、一枚の紙とライタ−を沖田探偵に見せた。
「これは!」
「これは、野崎さんがさらわれたときに、あの部屋に落ちていた物だ。このライタ−にはS・Oというイニシャルが掘られている。それとこれ、実は君がいない間に、君の家を調べさせてもらった。そのとき見つけたものだ。この紙はまぎれもなく君のものだ。このような紙は科学者しか持っていない。そしてこの紙には『西井・野崎殺す』と書いてある。また、これも君の家で見つけたものだ。一見みたところただの勲章であるが、この勲章の裏にはShiniti Okitaという文字が刻まれている。そしてこの文字の頭文字をとると、S・Oとなる。つまりこの勲章の文字とライタ−の文字は一致するわけだ。さらに私は君の家で君の愛用していた腕時計を見つけた。その時計がこれだ。」
そう言うと西井探偵は時計を沖田探偵の前に差し出した。それは確かに沖田探偵のものであった。
「この時計の裏にはやはりS・Oというイニシャルが掘られていた。君はどこへ行くときでもこの腕時計をしていた。しかし今の君は腕になにもしていない。さらに私は念入りに調べた。このライタ−が落ちていたとき、あの部屋にはS・Oという頭文字のつく人は誰もいなかった。しかし、この腕時計には同じイニシャルがついていた。しかも君の時計に。そしてこの時計は君の研究室の机の上に大事な勲章と一緒に置いてあった。どうだね、これでもまだ君が怪人アゴラでないというのかね。こちらには野崎和歌子という証人もいるが。」
そう言って、西井探偵は野崎和歌子を指で指した。沖田探偵は顔を向けた。そこには野崎和歌子がいた。
「沖田君、彼女は君の顔をはっきりと見ている。それに、このような人までこちらには用意している。」
そう言うと西井探偵は一人の男を呼んだ。
「兄さん。」
その男は死んだはずの沖田探偵の弟、鉄男だった。
「君はこの弟と組んで、今回の犯行を計画した。怪人アゴラの部下は君の弟だ。そして、野崎家殺人では、まず弟に野崎氏と野崎婦人を殺させ、自分は探偵として振るまった。野崎和歌子さんについては、君と君の弟は警官に変装し、あの家に進入した。そして、弟に照明を消させ、君が彼女をさらった。そのあと君は外に用意してあった車でここへと向かった。どうりで君の家に電話をしてもいないわけだ。この事件はすべて君たち二人の計画的な犯行だ。」
西井探偵が話を終えたとたんに、沖田探偵はピストルを向けた。そして西井探偵目掛けて発砲した。しかしピストルはカチカチというだけだった。
「ハハハハ、どうした、沖田君。いや、怪人アゴラ、弾が出ないじゃないか。」
怪人アゴラはピストルを捨て、西井探偵に向かって走ってきた。西井探偵は構えた。そして怪人アゴラと西井探偵は殴り合った。しかし勝負はみえていた。西井探偵はすぐに怪人アゴラを取り押さえた。そして西井探偵はこう言った。
「貴様だけはゆるせん!」
西井探偵は怪人アゴラを二、三度殴った。怪人アゴラがぐったりすると、西井探偵は怪人アゴラを警官に渡した。そのとき、怪人アゴラは突然警官からピストルを奪った。
「あっ!」
西井探偵が叫んだとき、『バン』という音と共に、怪人アゴラの体は床に倒れこんだ。怪人アゴラは自害したのである。それから西井探偵は野崎和歌子に言った。
「本当に申し訳ない。私はあなたの弟さんを助けることも、お兄さんを助けることも出来なかった。」
「いいえ、もういいんです。過ぎたことですから。」
野崎和歌子の目には涙がたまっていた。西井探偵の顔は沈んでいた。
そのとき以来、西井隆一郎は研究家をやめ、探偵だけとなり、多くの事件に活躍している。また、研究所も今では探偵所と書かれた表札だけが掛けられている。そして西井探偵は、毎日妹の墓に花をそえ、一刻も早く、事件のない世の中になることを願っている。

【 完 】

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